仕事や通勤で、けがをしたり病気になったりした場合には、国の労災保険から給付を受けることができますが、さらに損害賠償の請求ができる可能性もあります。
本コラムでは、損害賠償請求が可能となるケースや賠償額の計算方法、実際に請求する方法などについて解説します。
▼この記事でわかること
- 労災で損害賠償請求が可能となるケースについて知ることができます
- 実際に損害賠償請求をした場合、請求額がどのくらいになるのか計算する方法が分かります
- 労災で損害賠償を請求する方法が分かります
▼こんな方におすすめ
- 自分や家族が労災に遭い、労災保険の給付では十分ではないと感じている方
- 労災に遭った場合、どんな補償を受けることができるのか知っておきたいと考えている方
労災で損害賠償の請求ができるケースは?
労災とは「労働災害」のことで、労働者が業務上や通勤で被った負傷、疾病、障害または死亡を意味します。
労災に遭った場合は、傷病の程度などに応じて、療養のための費用や休業補償が労災保険から支払われます。
ただ、労災保険の給付は、被った損害をすべてカバーするものではありません。
例えば、労災保険から支払われる休業補償の額は、通常の月給の6割程度となっています。
労災保険の補償が不十分な場合、会社や労災の原因となった第三者から、保険給付で補填されない分の損害の賠償を請求することができる可能性があります。
そこでここでは、労災で損害賠償を請求することができるケースについて解説します。
会社に「安全配慮義務違反」があった場合
労災で、損害賠償を請求できるケースのひとつが、会社に「安全配慮義務違反」があった場合です。
労働契約法5条は「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と定めています。
つまり会社には、従業員が安全で健康に労働することができるよう、配慮する義務があるということです。
会社がこの義務に違反し、従業員の安全や健康への配慮を怠った結果、労災が起きた場合には、民法第709条(不法行為責任)などを根拠に、会社に損害賠償を請求することができます。
「安全義務違反」の一例
安全配慮義務には、危険作業や有害物質への対策、メンタルヘルス対策などがあります。
例えば、機器の点検が十分になされていなかった、あるいは従業員に対する機械の操作方法の指示や指導が十分ではなかったような状況で事故が起きた場合などは、会社に対して損害賠償を請求できる可能性があります。
また「過労死ライン」とされる月100時間以上の残業をさせたことにより、「うつ病を発症した」といったケースや上司等のパワハラがあったケースなどでも、会社が安全配慮義務違反を問われます。
会社に「使用者責任」がある場合
会社に損害賠償を請求できるケースとして、会社の「使用者責任」が認められる場合が挙げられます。
民法705条では、「ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う」と定めています。
会社は、使用している従業員の行為によって損害が発生した場合、それを賠償する責任を負うということです。
例えば、労災が「同僚の業務上の不注意」によって発生し、会社として過失はなく、直接の原因に関わっていないようなケースでも、「会社に責任はない」というわけにはいかないのです。
会社の従業員の行為によって労災が起きた場合は、使用者責任に基づき、会社に損害賠償を請求できる可能性があります。
会社に「工作物責任」がある場合
会社に「工作物責任」あるケースでも、損害賠償請求をすることできます。
「工作物責任」とは、土地の工作物の(瑕疵)によって他人に損害を与えた場合に、工作物の占有者・所有者が負う賠償責任のことで、民法717条に定められています。
例えば、会社の工場内に据え付けられた機械に欠陥があり、それによって労災事故が起きた場合など、工作物の占有者である会社に、損害賠償を請求できる可能性があります。
第三者行為災害の場合
労災に遭った本人、会社、会社の従業員以外の「第三者」の行為によって、労災保険の原因となる事故が引き起こされた場合は、その第三者に対して損害賠償請求をすることになります。
これを「第三者行為災害」といいます。
「第三者行為災害」となるのは、通勤中に「衝突事故にあった」「他人から暴行を受けた」などといったケースです。
なお、この場合、会社に過失がない場合には、会社に対して損害賠償請求はできません
労災による損害賠償請求はいつできる?
労災での損害賠償は、どのようなタイミングで請求するべきのでしょうか。
傷病と死亡の場合に分けて、説明をします。
傷病の場合
ケガや病気の場合の損害賠償請求が可能になるタイミングは、ケガや病気の症状が固定し、労災保険による給付が決まったときです。
労災に遭って治療を受けた後、症状は残っているものの、治療やリハビリを続けてもこれ以上の改善が見込めない状態になることを「症状固定」といいます。
症状固定後は、残った障害の程度に応じて、労災保険から年金、または一時金が支給されます。
労災保険からの給付額が決まれば、それによって損害賠償額を算定し、確定させることができるということです。
死亡の場合
死亡の場合の損害賠償請求が可能になるタイミングは、傷病のケースと同様に労災保険による給付が決まったときです。
死亡の場合は、亡くなった労働者の収入によって生計を維持していた配偶者、子どもなどの遺族に、労災保険から年金、または一時金、葬祭料が支給されます。
労災保険からの給付が確定すれば、傷病のケースと同様に、損害賠償額を算定、確定させることができます。
労災の損害賠償項目と計算方法
労災で損害賠償が請求できるのは、基本的に労災保険の給付でカバーされていない部分となります。
具体的に、どこまでが労災保険で補償され、どこを損害賠償を請求するべきかなど、項目ごとに整理しました。
治療関係費
労災申請が認められれば、治療費、薬代、手術費用、入院費などの治療関係費は、労災保険で補償されます。
労災保険指定医療機関であれば、自己負担なく現物給付の形で治療を受けることができます。
ただし指定以外の医療機関で治療を受けた場合は、かかった費用をいったん全額支払い、その額を労災請求し、請求に基づき国が全額現金支給する形になります。
通院交通費は、「片道2キロを超える場合」など一定の要件を満たせば、本人と付き添いの親族の分も労災から支給されます。
入院で個室を利用した場合など、差額ベッド代に関しては原則、労災保険から支給されません。
介護費用
介護費用も、労災保険から支給されます。
ただ、障害の状態や程度に応じて支給額に上限が設定されており、障害の状態や程度によっては支給されない場合もあります。
労災保険でカバーされない分は、損害賠償請求することになります。
休業損害
ケガや病気で会社を休んだことによる減収、すなわち休業の損害については、休業前3か月の平均賃金の6割分を休業補償として、2割分を特別支給金として労災保険から受け取ることができます。
ただ休業補償が労災保険から支給されるのは休業4日目からで、休業開始日から3日間は会社が補償するよう労働基準法で規定されています。
休業補償と特別支給金を合わせて、労災保険では実質、休業前の平均賃金の8割がカバーされることになります。
しかし特別支給金は「労災に遭った労働者の社会復帰の促進」のために支給するもので、損害の補てんをするものとはみなされません。
そのため、休業に関する損害賠償では、労災保険の補償でカバーされない平均賃金の4割分を請求することが可能です。
逸失利益
労災で障害を負ったこと、または労災で死亡したことが原因で、得られなくなってしまった賃金に対する補償を「逸失利益」といいます。
後遺障害が残った場合
労災の後遺障害が残った場合の逸失利益の計算方法は次の通りです。
【基礎収入(労災前の1年間の収入)】×【労働能力喪失率×労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数】 |
「労働能力喪失率」は障害等級によって決められています。
障害が重ければ高く、軽くなるにつれ低くなります。
「労働能力喪失期間」は、労災の症状が固定した日から、67歳になるまでの期間とするのが原則です。
逸失利益では、67歳になるまで継続的に受け取るはずのものを、一時金として受け取ることになるため、預金などの利息が先に得られてしまうことになります。
それを調整するのが「中間利息の控除」です。
中間利息を控除するための法定利率が「ライプニッツ係数」で、これは労働能力喪失期間によって変動します。
死亡した場合
死亡した場合の逸失利益の計算方法は次の通りです。
【基礎収入(労災前の1年間の収入)】×【(1-生活費控除率)×就労可能年数に対応するライプニッツ係数】 |
「生活費控除率」とは、労災に遭った本人が亡くなっていなければ発生したであろう生活費を、収入から差し引くための係数です。
扶養家族の数や性別などによって、変動します。
「就労可能年数」は原則として67歳までの年数です。
労災による後遺障害や死亡に対しては、労災保険から年金、または一時金が支給されますが、これは逸失利益のすべてをカバーするものではありません。
労災保険で補償されない部分については、会社や第三者に損害賠償請求することになります。
精神的苦痛に対する慰謝料
労災が起きると、物理的な損害だけではなく、さまざまな精神的苦痛が発生します。
労災による精神的な苦痛への慰謝料としては、「入通院慰謝料」「後遺障害慰謝料」「死亡慰謝料」がありますが、いずれも労災保険の給付では補償されません。
会社や第三者に損害賠償請求することが可能です。
慰謝料は、過去の裁判事例などに基づき算出します。
損害賠償の請求で注意すべき点
損害賠償の請求で、注意すべき点をまとめました。
減額要素がある
算出した逸失利益や慰謝料は、必ずしも全額、請求が認められるというわけではありません。
つぎのような減額要素もあります。
過失相殺
減額要素のひとつは「過失相殺」です。
労災に遭った本人にも落ち度がある場合は、本人の過失の程度によって、損害賠償額が減額される可能性があります。
素因減額
「素因減額」とは、労災が起こる以前からの本人の身体の状況が、労災の被害の拡大に影響したと判断された場合、その程度に応じて損害賠償額を減額することをいいます。
例えば、事故に遭う前から持病があり、その持病が影響して障害が残ったケースなどです。
持病の影響の程度に応じて、素因減額されます。
支給調整
第三者行為災害の場合は、労災保険の給付と損害賠償の間で「支給調整」が行われます。
労災に遭った本人が、同一の理由で労災保険と第三者からの給付と損害賠償を二重に受け取ることになると、実際の損害額より多く支払われることになり不合理だからです。
支給調整には「控除」と「求償」の二つの方法があります。
控除 | 第三者から支払われた損害賠償額の範囲内で、労災保険を支給停止にすること |
求償 | 損害賠償より先に労災保険の給付が行われている場合に採られる方法。労災保険を管掌する政府が、給付した額の範囲内で、第三者に対して損害賠償を請求することになります。 |
支給調整の対象となるのは、治療関連費など労災保険の給付と同じ理由で支払われる損害賠償のみです。
慰謝料や見舞金、香典を受け取っても支給調整はされません。
損害賠償請求の流れ
最後に、損害賠償請求の流れについて簡単に説明します。
示談交渉
会社や第三者、労働者の当事者同士で話し合い、解決を目指すのが示談交渉です。
労災によってどのような損害を受けたか、どれくらいの損害賠償金が必要か話し合い、双方が合意すれば示談成立となります。
場合によっては裁判所を介した調停の場で示談交渉をする場合もあります。
裁判
示談できなかった場合は、裁判に進むことになります。
客観的な証拠などで、会社の安全配慮義務違反や使用者責任などを立証し、有利な条件での判決を目指します。
まとめ
労災でも損害賠償の請求はできますが、安全配慮義務に違反しているか、使用者責任があるかなど、個人では判断が難しい面もあります。
一方で、ケガや病気で働くことができなくなった労働者、一家の大黒柱を労災で失った遺族らにとっては、会社に十分な補償をしてもらえなければ、生活の維持が困難になるケースも少なくないはずです。
労災の損害賠償請求で悩んだら、経験豊富な弁護士に相談することをおすすめします。