「問題のある社員を懲戒解雇したい」と思うこともあるかもしれません。
しかし日本では労働者の権利が強く保護されているため、むやみに懲戒解雇すると相手から不当解雇だと訴えられてしまうリスクがあります。
不当解雇であることが認められると、解雇無効・未払い給与の支払い義務など、会社側に損害が発生する可能性もあるでしょう。
そこでこの記事では、問題社員の懲戒解雇を検討している方のために、懲戒解雇とは何かということから具体的な手続き方法まで詳しく解説します。
懲戒解雇するときの注意点についても解説するため、無用なトラブルを避けるためにもぜひ参考にしてください。
目次
懲戒解雇とは
懲戒解雇とは、労働者との雇用契約を、会社側から一方的に解約する処分のことです。
解雇予告手当が支払われないケースもあり、さらに退職金が減額・不支給となることも少なくありません。
また労働者側にとっては、失業保険の受給においても不利益が生じる可能性があり、さらに転職(再就職)活動で不利になることもあります。
このように懲戒解雇は労働者側に重大な結果をもたらす処分であるため、訴訟トラブルに発展することもめずらしくありません。
そのため懲戒解雇を実施する際には、細心の注意を払わなければならないのです。
さて、懲戒解雇を検討している場合に知っておきたいポイントとしては、次の3点が挙げられます。
- 懲戒処分の中でもっとも重い
- 要件を満たした場合のみ認められる
- 会社側にもリスクがある
それぞれ詳しく見ていきましょう。
懲戒処分の中でもっとも重い
懲戒解雇は、懲戒処分の中でもっとも重い処分です。
そもそも懲戒処分とは企業秩序に違反した従業員に下される制裁(不利益処分)のことで、次のような種類があります。
処分の種類 | 処分の重さ | 概要 |
---|---|---|
戒告 けん責 始末書の提出など |
軽 | もっとも軽い処分 再発防止・将来を戒めるために実施される |
減給 | ↓ | 平均賃金の1日分の5割を超えない範囲で、給料を減らす |
出勤停止 (謹慎) |
雇用契約は存続させるものの、一定の期間にわたって就労を禁止する (通常、出勤停止期間中は無給) |
|
降格 | 役職・職位・職能資格を引き下げる | |
諭旨解雇 | 一定期間内での退職願の提出を勧告し、提出があれば退職扱いとする (多くの場合、退職願の提出がなければ懲戒解雇とする) |
|
懲戒解雇 | 重 | 懲戒処分としての解雇 |
懲戒解雇を検討する前に、本当にその処分が妥当なのか、慎重に判断するようにしましょう。
要件を満たした場合のみ認められる
先述したとおり、懲戒解雇は非常に重い処分ですので、労働者保護の観点からすると、むやみな処分は防がなければなりません。
そのため懲戒解雇は、特定の要件を満たした場合にのみ有効とされます。
客観的に合理的な理由がない場合や社会通念上相当であると認められない場合には、無効な懲戒解雇になる可能性があることは覚えておきましょう。
懲戒解雇が認められる具体的な要件については、記事後半で詳しく解説します。
会社側にもリスクがある
懲戒解雇処分を下すとなると、会社側にも一定のリスクがあります。
たとえば「不当解雇である」として元従業員から訴えられると、訴訟に対応しなければなりません。
たとえ裁判で会社側の主張が認められるとしても、訴訟対応には時間も費用もかかります。
また、もし裁判の結果「不当解雇」と判断された場合、懲戒解雇は無効、つまり最初から処分がなかったことになります。
そのため、処分した社員を復職させなければならず、給与の支払いを再開させなければなりません。
また、懲戒解雇処分の時から支払っていなかった給与についても、遡って支払う義務を負います。
このようなリスクを防ぐためにも、懲戒解雇を実施するなら、しっかり準備する必要があるのです。
解雇の種類
さて、そもそも従業員を解雇したい場合、懲戒解雇以外の選択肢も存在します。
解雇の種類 | 概要 |
---|---|
普通解雇 | 懲戒解雇・諭旨解雇・整理解雇以外の解雇。 「能力不足」「心身の病気による就労不能」「協調性の欠如」などに起因する |
整理解雇 | 経営不振などによって人員整理が必要な場合に行われる |
諭旨解雇 | 一定期間内での退職願の提出を勧告し、提出があれば退職扱いとする (多くの場合、退職願の提出がなければ懲戒解雇とする) |
懲戒解雇 | 懲戒処分としての解雇 |
本当に懲戒解雇する必要があるのか判断するためにも、解雇の種類について知っておきましょう。
普通解雇
普通解雇は、懲戒解雇・諭旨解雇・整理解雇のいずれにも該当しない解雇です。
懲戒解雇は不正行為・ルール違反に対する制裁処分であるのに対し、普通解雇は「能力不足」「心身の病気による就労不能」「協調性の欠如」などに起因する解雇であり、あくまでも制裁ではありません。
普通解雇と懲戒解雇の主な違いは次のとおりです。
比較項目 | 懲戒解雇 | 普通解雇 |
---|---|---|
解雇の目的 | 対象者と雇用関係を終わらせること 会社組織の規律維持 |
対象者と雇用関係を終わらせること |
解雇事由の例 |
※過去に懲戒したことのある事実は解雇理由とできない |
※状況次第ではあるが、過去に懲戒したことのある事実を解雇理由の一事情とすることも可能 |
解雇予告手当 | 支払いが不要なケースもある | 30日分の支払が必要 |
退職金 | 減額・不支給のケースもある | 規程どおりに支払う |
失業保険の給付日数 | 自己都合退職と同様の扱いとなり給付日数が短くなることがある | 会社都合退職として労働者側に有利な場合あり |
転職などへの影響 | 一般的に懲戒解雇されたことを申告する必要がある (結果として不利になる) |
通常、普通解雇されたことを申告する義務はない |
従業員側の立場からすると、懲戒解雇されるより、普通解雇されたほうがメリットが多いともいえるでしょう。
そして、懲戒解雇事由があるとしても、あえて懲戒解雇を選択せずに普通解雇することも可能とされています。
整理解雇
整理解雇は、経営不振などによって人員整理が必要な場合に下される処分です。
ただし経営不振だからといって、むやみに解雇できるわけではありません。
整理解雇を実施する場合には、次のような要件を満たしている必要があります。
- 人員削減の必要性
- 解雇回避の努力義務の履行
- 人選の合理性
- 解雇手続きの妥当性
諭旨解雇
諭旨解雇は、従業員に退職願の提出を促し、一定期間内に提出があれば退職扱いとするものです。
もし期間内に退職願の提出がなければ、通常は懲戒解雇とします 。
あくまでも従業員が退職願を提出するものであるため、客観的に見れば通常の退職と変わりありません。
そのため懲戒解雇と異なり、従業員へ退職金も支払われます。
転職時などに申告する必要もないため、従業員側に一定のメリットがあることが特徴です。
ただし諭旨解雇もむやみに勧告すると「懲戒権の濫用」とみなされ、無効とされる可能性があるため注意しなければなりません。
懲戒解雇の要件
さて、適法に懲戒解雇するためには、次の要件を満たしている必要があります。
- 就業規則に根拠がある
- 懲戒解雇事由に該当する
- 懲戒解雇の意思表示をしている
- 懲戒解雇が権利濫用にあたらない
それぞれの要件について、詳しく見ていきましょう。
就業規則に根拠がある
最高裁判例によると、懲戒解雇するためには、就業規則に懲戒解雇に該当する事由が定められている必要があるとされています。
そして就業規則は、労働基準法の規定に基づき、労働者に周知されていなければなりません。
もし就業規則を周知していなかった場合、就業規則上の懲戒処分に関する規定そのものの前提要件を欠いてしまい、結果として懲戒解雇が無効とされる可能性が高いです。
懲戒解雇事由に該当する
同じく最高裁判例によると、処分の対象となる事実が、懲戒解雇事由に該当するかどうかも要件とされています。
懲戒解雇すべきかどうか判断が難しい事実をもとに処分する場合、とくに注意しなければなりません。(懲戒解雇事由の例については、後ほど紹介します)
懲戒解雇の意思表示をしている
3つ目の要件としては、会社側が処分対象者に対して「懲戒解雇の意思表示をしている」ことが挙げられます。
これは民法第97条1項において、「意思表示は、その通知が相手方に到達した時からその効力を生ずる」とされているためです。
懲戒解雇が権利濫用にあたらない
懲戒解雇が認められるためには、それが「権利の濫用」でないことも必要です。
権利の濫用とは、権利の行使が社会常識・道徳に反しており、それを無効とするのが妥当な行為のことを指します。
労働契約法第15条では、使用者(会社側)が労働者を懲戒することができる場合であっても、その処分が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合には、権利を濫用したものとして懲戒処分を無効とすることが定められています。
そのため懲戒解雇が認められるためには、その処分の重さが妥当である必要もあるのです。
懲戒解雇が認められる可能性がある事例
それでは、懲戒解雇が認められる可能性がある、具体的な事例について見ていきましょう。
なお、ここで紹介したケースと似た事例でも、必ずしも懲戒解雇が認められるわけではないため注意してください。
横領・金銭的な不正行為
会社内での横領行為や、架空の経費請求・取引先からのリベートなど金銭的な不法行為は、懲戒解雇の対象となりえます。
とくに業務上横領は犯罪行為でもあるため、少額であっても懲戒解雇処分が妥当とされやすいでしょう。
ただし訴訟に発展し、会社側が横領行為を立証できない場合には、不当解雇と判決される可能性もあるため注意してください。
社外での重大な犯罪行為
社外で殺人・強盗・放火などの重大な犯罪行為をした場合にも、懲戒解雇が認められる可能性が高いです。
ただし私生活上の犯罪行為を処分理由とする場合には、その行為が会社の社会的評価に及ぼす悪影響が相当重大でなければなりません。
従業員が逮捕されたからといって、必ずしも懲戒解雇できるわけではないことは覚えておきましょう。
ハラスメント行為
セクハラ・パワハラなどのハラスメント行為も、その内容が相当程度重大であったり、他の懲戒処分を経ても行為が繰り返されている場合には、懲戒解雇の対象となりえます。
軽微なハラスメント行為である場合には、懲戒解雇が重すぎると判断されることもあるため注意しましょう。
無断欠勤・出社拒否など
無断欠勤・出社拒否などを繰り返した場合も、懲戒解雇を行う余地はありますが、その頻度・態様や注意指導したことなどが重要になります。
なお、これらについては、基本的には退職勧奨・普通解雇で対応するケースが多いです。
また、もしハラスメント被害や精神疾患が原因である場合には、懲戒解雇が不当とされる可能性もあります。
経歴詐称
職歴を偽って入社していた従業員を、経歴詐称を理由に懲戒解雇することも可能です。
ただし過去の判例では、その経歴詐称が信頼関係・会社の秩序に重大な影響を与える場合にのみ懲戒解雇が認められるとされています。
たとえば学歴詐称の場合、学歴を重視している会社なら懲戒解雇の対象となりえますが、とくに学歴を重視せず採用している会社なら懲戒解雇事由として認められない可能性もあるため注意しなければなりません。
懲戒解雇の流れ
ここまで紹介してきたとおり、懲戒解雇が認められる事由は非常に限定されています。
たとえ懲戒解雇になりうる行為があったとしても、その行為が重大な結果を及ぼしていなければ、懲戒解雇は認められません。
また、ただちに懲戒解雇することはできず、会社として本人へのヒアリングや、改善指導を重ねる必要があります。
トラブルなく適法に懲戒解雇するためには、次の流れに沿う必要があります。
- 事実関係の調査
- 適法に懲戒解雇できるか確認
- 弁明の機会の付与
- 懲戒解雇通知書の作成
- 懲戒解雇の通知
- 退職後の各種手続
それぞれのステップごと、詳しく見ていきましょう。
事実関係の調査
まず、懲戒解雇の対象となる問題行動が本当にあったのかどうか、客観的に確認する必要があります。
他の社員へのヒアリングはもちろん、監視カメラ映像・メール記録・チャット履歴なども必要に応じて調査しましょう。
適法に懲戒解雇できるか確認
調査の結果、問題行動があったことが確認できた場合、その行為を理由に適法に懲戒解雇できるかどうか確認します。
ここまで紹介してきたとおり、懲戒解雇するためにはさまざまな要件を満たしている必要があるため、労働法に詳しい専門家に相談してみてもいいでしょう。
弁明の機会の付与
懲戒解雇するためには、当該労働者に「弁明の機会」を与える必要もあります。
事実関係に誤りがないか本人に確認し、主張を文書で記録しておきましょう。録音を取っておくことも有効です。
懲戒解雇通知書の作成
従業員本人からの弁明を経ても懲戒解雇処分が妥当であると考えられる場合には、「懲戒解雇通知書」を作成します。
社印を捺印したものを作成し、コピーも取っておきましょう。
懲戒解雇の通知
「懲戒解雇通知書」を渡し、懲戒解雇の旨を通知します。
懲戒解雇通知書は、解雇を予告したことの証拠としても機能します。原本は本人に渡し、コピーに本人から受領サインをもらっておきましょう。
万が一受領を拒否された場合は、従業員の自宅に内容証明郵便で郵送します。
退職後の各種手続
懲戒解雇を通知したら、通常の退職時と同様に、下記のような各種手続きも進めます。
- 業務物品の回収(貸与スマートフォン・各種資料など)
- 社会保険・雇用保険の脱退
- 交付書類の準備(源泉徴収票・雇用保険被保険者証など)
もし私物が残されているようなら、すべて持ち帰るように指示しておきましょう。
懲戒解雇するときの注意点
ここまで紹介してきたとおり、懲戒解雇は会社側にもリスクのある処分行為です。そのため懲戒解雇を進めるときは、次の3点に注意しておきましょう。
- 懲戒解雇処分が妥当かどうかよく考える
- 懲戒解雇した事実をむやみに公表しない
- 従業員からの訴訟に備えておく
それぞれの注意点について詳しく解説します。
懲戒解雇処分が妥当かどうかよく考える
懲戒解雇は、各種懲戒処分の中でもっとも重い処分であり、裁判で無効と判断されることもめずらしくありません。
むやみに懲戒解雇すると無効と判断され、未払い給与などを請求されるリスクもあります。
そのため本当に懲戒解雇処分が妥当かどうか、よく考えて処分するようにしましょう。
場合によっては、懲戒解雇より諭旨解雇・普通解雇が適していることもあります。
懲戒解雇した事実をむやみに公表しない
懲戒解雇は、処分対象者本人に制裁を加えるだけでなく、会社組織の規律を引き締めることも目的とされています。
そのため必要に応じ、社内に対して「懲戒解雇を実施した旨」を公表することには問題ありません。
ただし公表の方法によっては、当該従業員から名誉棄損で訴えられる可能性もあります。
そのため、懲戒解雇した事実をむやみに社外へ公表しないよう注意してください。
社内に発表するときも、処分者の氏名は公表せず、処分内容のみ公表するといったことが考えられます。
従業員からの訴訟に備えておく
懲戒解雇した従業員から「解雇は不当である」と訴えられることもめずらしくはありません。そのため懲戒解雇を検討し始めた段階から、訴訟に備えておくことが重要です。
監視カメラやメールなどは記録しておき、関係者の証言も書き留めておくといいでしょう。
どのような準備をすべきか、専門家に相談することもおすすめです。
懲戒解雇を検討している場合は弁護士に依頼を
会社側にもリスクがあることを考えると、もし懲戒解雇を検討している場合には、弁護士に協力してもらったほうが安心です。
弁護士に依頼すべき理由としては、次の2点が挙げられます。
- 適法に懲戒解雇手続きを進められる
- 訴訟まで対応してもらえる
それぞれの理由について詳しく紹介します。
適法に懲戒解雇手続きを進められる
適法に懲戒解雇するためには、労働基準法や労働契約法、過去の判例などを踏まえて判断する必要があります。
しかし懲戒解雇の判断に必要な法律・判例は多岐にわたり、会社が独自に判断するとトラブルの原因になる可能性も否めません。
弁護士なら「懲戒解雇が妥当かどうか」「要件を満たしているかどうか」などはもちろん、「弁明の機会を付与するべき」「懲戒解雇通知書の受領を拒否されたら内容証明郵便で送付すべき」といった実務的なポイントもアドバイスしてくれます。
訴訟まで対応してもらえる
労働関連の法律に詳しい専門家として、社会保険労務士を思い浮かべる方もいるかもしれません。
しかし訴訟手続まで対応してくれる専門家は原則として弁護士だけです。
懲戒解雇は訴訟にまで発展するケースがめずらしくないため、万が一に備えて最初から弁護士に相談しておくと安心でしょう。
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「そもそも弁護士に相談すべき問題なのかわからない」とお悩みであれば、まずはお気軽に法律Q&Aで弁護士へ相談してみてください。
まとめ
日本では労働者の権利が強く保護されているため、むやみに懲戒解雇をすると訴えられるリスクもあり、結果として会社側が大きな負担を負う可能性があります。
そして従業員を解雇したい場合、退職勧奨や解雇の種類など、さまざまな検討が必要です。
従業員の懲戒解雇を検討している場合は、懲戒解雇の要件を満たしているのか確認することはもちろん、そもそも懲戒解雇が妥当なのかどうかを慎重に判断するようにしましょう。