2020年4月に施行された改正民法では、「定型約款(ていけいやっかん)」に関する規定が新たに設けられました。
本コラムでは、その定型約款とはどのようなものなのか、約款と契約書の違いから、定型約款を用いるための具体的なルールまで、詳しく解説します。
▼この記事でわかること
- 定型約款の規定がなぜ設けられたのかを知ることができます
- 定型約款の詳しい内容が分かります
- 定型約款を用いる際のルールが分かります
▼こんな方におすすめ
- 定型約款について詳しく知りたいと考えている方
- 自社で用いている契約条項は定型約款に該当するのかどうか知りたいと考えている方
- 定型約款について、注意すべきポイントなどについて知りたいと考えている方
定型約款とは
「定型約款」という言葉は耳にしていても、実際の内容はよく分からないという事業者の方は、少なくないことでしょう。
民法改正に伴い、2020年4月から新たに導入された定型約款の規定について、まずは基礎知識から解説します。
約款とは
最初に、そもそも「約款」とはどんなものなのか整理しておきましょう。
あらゆる取引は「契約」に基づき行われます。
例えば、コンビニでガムを買う際には、コンビニとの間で売買契約が成立しています。
このような契約は、契約当事者間の合意によって成立します。
当事者の合意を欠く契約は無効となります。
ビジネスにおいては多くの場合、契約書に署名押印等をする方法によって契約を締結し、これに基づき取引が進められます。
しかし不特定多数の消費者・利用者を対象としたサービスにおいては、事業者と消費者が細かな取り決めについて個別に交渉し、契約することは現実的に不可能である場合も少なくありません。
そのような場合、契約当事者の一方である事業者があらかじめ定型の契約条項を決めておき、これを利用者に適用させることで取引を円滑に進める必要性があります。
この不特定多数と同じ内容の取引を行うために事業者があらかじめつくった契約条項の集まりを「約款」といいます。
例えば、鉄道やバスに関する運送約款、保険の契約を結ぶときの保険約款など、細かい文字で記載された約款の条項を目にしたことがある方も多いはずです。
また、多くのwebサービスでは利用規約を作成しており、これも約款の一形態です。
2020年4月以前の民法には約款の規定がなかった
大量販売・大量消費の現代社会において、ビジネスを迅速、効率的に進めるために約款は不可欠なものになっています。
しかし実は2020年4月までは、民法には約款に関する規定はありませんでした。
そのため、契約の成立には契約当事者間の合意が必要、という大原則の中で、署名押印のない約款を用いる契約において、どのように当事者の合意があったものとして取り扱うかという点について、議論されていました。
そこで政府は、民法に約款に関するルールを設け、法的に明確化することを検討。
2018年に成立した改正民法に、定型約款に関する新規定が盛り込まれ、2020年4月に施行されたのです。
当初は、すべての約款に対する規定を導入することも検討されましたが、政府の審議会などでの異論もあり、「定型取引」で用いられる定型約款のみの規定となりました。
定型約款による契約の成立
改正民法において、定型約款を用いた契約の成立要件について規定されています。
後述のみなし合意の要件をみたせば、定型約款の内容に基づき契約が成立することとなります。
「定型取引」とは
民法改正で新たに設けられた定型約款に関する規定は、「定型取引」で用いられる約款ということです。
定型取引とは、改正民法で次のように説明されています。
ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引であって、その内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的なものをいう |
鉄道やバスの運送約款や保険約款のほか、電気・ガスの供給約款、インターネットサイトの利用規約などが典型例です。
そして改正民法では、「定型約款」そのものについて、次の通り定義づけました。
定型取引において、契約の内容とすることを目的として、その特定の者により準備された条項の総体をいう |
簡単にいえば、定型約款とは、定型取引を行う際に、事業者があらかじめ準備した契約条項群ということです。
なお法務省によれば、ビジネスの取引で使われる「ひな形」などは、定型約款には該当しません。
定型約款の「みなし合意」
通常の契約であれば、契約条項それぞれについて、内容を確認し、双方が合意することが必要になります。
定期約款のルールでは、一定の要件が満たされてさえいれば、定型約款がそのまま契約内容に取り込まれ、定型約款に含まれる個別の条項に合意したとみなされることになります。
これを「みなし合意」といいます。
みなし合意が有効になるためには、次のいずれかに該当する必要があります。(改正民法548条の2第1項)
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この改正民法のルールにのっとれば、利用者は、定型約款の条項がどうなっているか知らないままでも、民法上「個別条項についての合意をした」とみなされることになります。
みなし合意から除外するケース
改正民法はみなし合意の規定を定める一方、例外としてみなし合意から除外するケースについても定めています。
利用者や消費者にとって不利になるようなケースに備えて、「除外」についても規定しているのです。
みなし合意から除外されるのは、次の項目に該当する場合です。(改正民法548条の2第2項)
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定型約款に含まれる条項が、これらの不当条項に該当する場合は、「合意しなかったともの」とみなすことになります。
定型約款の表示義務
定型約款を用いる場合は原則、個別の条項の内容について開示したり、説明したりする必要はありません。
しかし改正民法は、対象となる定型取引について合意する前、または定型取引合意後一定期間内に、相手方から請求があった場合は、定型約款の内容について開示するよう義務付けました。
相手方の請求に応じ、「遅滞なく、相当な方法でその定型約款の内容を示さなければならない」と規定しています。
取引の前に請求があったにもかかわらず、開示を拒んだ場合、定型約款の「みなし合意」の規定は適用されなくなるので、注意が必要です。
定型約款による契約の変更
通常の契約を変更する際には、変更する旨の合意がなければなりません。
ビジネスにおいては、覚書等を作成したり、新たな内容の契約書を作成し直したりして、契約内容の変更を行います。
もっとも、定型約款においては、一定の要件を満たす場合には、契約当事者間の合意がなくとも、定型約款を変更することにより、契約内容を変更する事ができます。
定型約款の変更の実体的要件
改正民法では、定型約款変更の実体的要件として次の要件を規定しています。
下記のどちらかに該当する場合には、定型約款を一方的に変更する事ができます。(改正民法548条の4)
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利用者に有利な変更
民法第548条の4第1項第1号は、「相手方の一般の利益に適合するとき」すなわち、利用者に有利な変更であれば、定型約款を事業者が一方的に変更できる場面を広く認める趣旨の規定です。
なお、多くの利用者には有利だが、一部の利用者には不利な変更となるのであれば、一般の利益に適合するとはいえないため、本号に基づく変更はできません。
利用者に有利とはいえない変更
民法第548条の4第1項第2号は、1号以外の変更の場合の要件を規定しています。
利用者に有利とはいえない場合、契約目的、変更の必要性、内容の相当性、この条の規定により定型約款の変更をすることがある旨の定め、その他の事情等を総合考量して、一方的な変更が有効にできるかどうか判断されます。
個別具体的判断になるため専門家等に相談しながら慎重にすすめていくのが良いでしょう。
定型約款の変更の手続的要件
さらに改正民法は、定型約款を変更するための具体的な手続きについても示しています。
具体的には、下記の事項を利用者に対して周知する必要があります。
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周知の方法としては、利用者が容易に確認することができる方法によるのが望ましいです。
Webサービスであれば、利用者に対してメール等で通知する方法により、周知を行っていることが一般的です。
ただ、メール等の通知が必須ではありませんので、サービス内容に合わせて適切な周知方法を検討すべきです。
まとめ
不特定多数の顧客を対象に迅速・効率的にサービスを提供する事業者にとって、定型約款は必要不可欠なものです。
改正民法による変更点などをきちんと把握し、定型約款を適切に用いることが重要となります。
自社で使用している定型約款に不安がある場合は、企業法務の経験が豊富な弁護士などに相談することをおすすめします。