近年、歯のホワイトニングに対する関心が高まっています。
身だしなみに気を遣う方の増加、費用の低下、エステサロンなどでも手軽に行えるようになったこと、若見え効果など、要因は様々考えられます。
しかし患者の増加に伴い、ホワイトニングに関する歯科トラブルも増加傾向にあります。
では具体的にどのような歯科トラブルが生じるリスクがあるのでしょうか。
また歯科トラブルを防ぐために、医師はどのような対策をしておけばよいのでしょうか。
若井綜合法律事務所の弁護士であり、現役歯科医師である近藤 健介弁護士に解説していただきました。
▼この記事でわかること
- ホワイトニングの施術の違い、種類について説明します
- ホワイトニングの施術をするにあたり、医師が説明すべきことついて解説します
- 判例をもとに歯科医師の説明義務違反について解説します
▼こんな方におすすめ
- ホワイトニングの施術に関するトラブルを防ぎたい歯科医師の方
- ホワイトニングで生じた歯科トラブルの判例について知りたい方
- 様々な歯科トラブルへの対策をしたい歯科医院の経営者の方
ホワイトニングとは?歯科医院での施術の違い
ホワイトニングとは、広義では歯に沈着した汚れや着色を除去するいわゆるクリーニングなども含めた、歯を白くする処置の総称ですが、狭義には歯の漂白(ブリーチ)のみを意味します。
医薬品医療機器等法上、過酸化物は医療用具(歯科材料)とされており、歯科医師または歯科衛生士の資格を持たない者が過酸化物を使用して施術することはできません。
したがって、エステサロンなどのホワイトニングは広義のホワイトニングであり、過酸化物ではなく、重曹やポリリン酸ナトリウムなどが使用されるもので、ブリーチ効果はありません。
また、歯科医師法上口腔内への施術もできないため、利用者が自分で機器を使用して行わなければなりません。
一方で、歯科医院では、専門家の施術により、高濃度の過酸化水素を用いてブリーチをすることができます。
歯科医院で施術できるホワイトニングの種類
歯科医院でのホワイトニングの方法は大きく、オフィスホワイトニングとホームホワイトニングに分類できます。
オフィスホワイトニングは、チェアーサイドで、30%程度の過酸化水素と高出力の光照射機器を用いて行われます。
対して、ホームホワイトニングは、歯科医院が患者の歯型に合わせたカスタムトレーを作成し、患者本人が自宅等で10%程度の過酸化水素を使用して一日当たり数時間着用して行うものです。
歯科医院でのホワイトニングに使用される、高濃度の過酸化水素は劇薬であり、使用法を誤れば化学熱傷を起こすため、使用にあたっては十分に注意する必要があります。
この点が、医薬品医療機器等法が歯科医師等に使用者を限定する趣旨でもあります。
ホワイトニングにあたり歯科医院が説明すべきこと
歯科医院でのホワイトニングにあたっては、前述の危険性や、自費治療で患者の費用負担が大きいこと等から、患者に対し、事前に十分な説明を行う必要があります。
日本歯科審美学会の「歯のホワイトニング処置の患者への説明と同意に関する指針」によれば、歯科医師が患者に説明すべきことは、次のようなの内容だとされています。
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患者に対する歯科医師の説明義務について
では法律上、歯科医院は患者に対し、いかなる説明義務を負うのでしょうか。
医師の説明義務には、「患者の有効な同意を得るための説明義務」と、「術後の指導としての説明義務」があります。
上記の指針にも両方が含まれていますが、本稿では前者を取り上げたいと思います。
「患者の有効な同意を得るための説明義務」の根拠は、患者の自己決定権の保護に求められるのが一般的です。
そして義務付けられる説明は、当該処置の抽象的な範囲だけでなく、個々の具体的な事実関係の下、事案ごとに異なる内容が求められます。
【判例】ホワイトニングの説明義務違反にあたるケースとは?
そこで、歯科医師が説明義務違反を問われるのはいかなる場合か、問われた場合に歯科医師はどのような責任を負うのか、判例(横浜地方裁判所川崎支部判決/平成26年(ワ)第397号)を見ながら検討します。
本件は、歯科医師である被告(B医師)が、患者である原告に対し、無断でオフィスホワイトニングを施術したところ、原告がホワイトニングジェルにより下口唇に受傷し後遺障害を残したとして、説明義務違反及び施術の過失等を主張し、不法行為に基づいて、589万円余りの賠償請求をした事案です。
なお、被告が使用したホワイトニングシステムの施術方法の術式には、「患者にインフォームドコンセントを実施し、同意書にサインをしてもらう。」という項目がありました。
1 認定事実 前記前提事実,後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。 (1) 原告は,遅くとも平成6年頃から被告医院に通院しており,当初は虫歯治療等を受けていたが,その後,テンプレートというマウスピース型のものを使い,かみ合わせの調整を行う治療を受けるなどしていた。また,原告は,被告医院において,少なくとも,平成24年4月及び同年6月に歯面清掃の処置を受けた。(前記前提事実(2)) (2) 原告は,同年8月21日に被告医院を受診した。B医師は,原告に対し,クリーニングの一環としてくすみを取る旨の説明をし,原告の了解を得て歯面清掃等をした後,原告から同意書を取ることなく,ビヨンドポーラスで20万ルクスのライトを1回10分間,合計2回照射する方法で,本件施術をした。本件施術に要した時間は約30分であった。原告は,本件施術中,異変を訴えたり,本件施術をすることについて異議を述べたりすることはなかったが,本件施術が終わった直後,B医師に対し,口唇がヒリヒリする旨を訴えた。その後,B医師は,原告に対し,ホワイトニングのアフターケアについて記載された「術後のケアについて」と題するパンフレット(甲A2)を渡した。 なお,被告医院においてビヨンドポーラスを正式に導入したのは同月6日であった(乙A13)。 被告は,原告に対し本件施術について治療費を請求していない。 (中略) 2 争点1(無断で必要のないホワイトニングをした過失の有無)について ・・・無断で必要のないホワイトニングをした過失を認めることはできない。 3 争点2(説明義務違反の有無)について B医師は,原告に対し,本件施術をする前に,上記2のとおり,クリーニングの一環としてくすみを取る旨の説明をしているが,本来,ビヨンドポーラスを使用したホワイトニングにおいては上記前提事実(6)のような術式が求められるのにもかかわらず,歯面清掃の延長であるから同意は不要であるとの考えの下,ホワイトニングの詳しい施術内容やそのリスク等について何ら説明をしていない(被告代表者本人)から,B医師はこの点で説明義務違反を免れない。 4 争点3(施術における故意過失の有無)について (中略) (2)・・・本件施術の際,B医師に,開口器やロールワッテを適切に使用せず,ホワイトニングジェルを原告の下口唇に付着させる過失行為があったことが推認される。 (中略) 6 争点5(傷害発生の有無)について (1) ・・・以上によれば,本件施術直後から,原告の下口唇に浮腫を伴う薬物性口唇炎(以下「本件傷害」という。)が生じたものと認められる。 (中略) 7 争点6(過失行為と傷害との間の因果関係の有無)について (1) 説明義務違反 上記1のとおり,被告は原告に対し本件施術について治療費を請求していないこと及び原告は本件施術中に本件施術をすることについて異議を述べなかったことに加え,原告は,本件当時,B医師を信頼しており,B医師からの勧めにはそのまま従っていたこと(原告本人)等からすれば,原告が本件当時77歳の男性である上,これまで歯の白さに特段関心を払っていたような様子がうかがえないこと等の本件全証拠で認められる事実をもってしても,原告が,B医師からホワイトニングに関する適切な説明を受けていれば,ホワイトニングの施術を受けなかったであろうという高度の蓋然性があると認めることはできない。したがって,B医師の説明義務違反と本件傷害との間に因果関係があるとは認められない。 (2) 施術における過失 上記4で説示したところによれば,B医師のホワイトニングの施術における過失行為により,本件傷害が生じたことは明らかであるから,B医師の本件施術における過失と本件傷害との間には因果関係があると認められる。 8 争点7(損害)について (中略) (3) 慰謝料 90万円 ア 原告は平成24年8月24日から同年10月24日まで通院していることに加え,上記3のとおり,B医師には原告に対する説明義務違反がある上,その態様は,歯面清掃の延長であるから同意は不要であるとの考えのもと,ホワイトニングの施術内容やリスク等について何ら説明せず,原告から同意書を取ることもしなかったというもので,義務違反の程度は重いこと等からすると,その慰謝料は90万円とするのが相当である。 |
判旨は以上のように述べて、必要のないホワイトニングをした過失を否定しましたが、施術の際にホワイトニングジェルを原告の下口唇に付着させる過失により、薬物性口唇炎が生じたものと認め、治療費等1万3000円の請求を認めました。
また慰謝料につき、後遺障害慰謝料は否定したものの、施術内容やリスクに係る説明義務違反を認めて90万円の慰謝料は認めました。
すなわち認容額のほとんどは、説明義務違反に基づく慰謝料と言えます。
判旨の疑問点
判旨における疑問点は、大きく次の2つが挙げられます。
- 術式の定めに沿わなかった場合、常に説明義務違反が問われると解釈されかねない
- なぜ歯科医師の説明義務が否定されないのか説明をしていない
術式の定めに沿わなかった場合、常に説明義務違反が問われると解釈されかねない
判旨は、説明義務違反を認めた根拠を、ホワイトニングシステムの施術方法の術式の定めに求めています(第3、3争点2)。
確かに本件は、ホワイトニング施術に対するインフォームドコンセントが全く無いのですから、説明義務違反は認めうると考えられます。
しかし判旨の書きぶりからは、術式の定めの一部に沿わなかった場合にも、常に説明義務違反が問われると解釈されかねません。
私見では、まずは本件ホワイトニングシステムの術式の定めについて合理性を検討するか、またはホワイトニングにあたり必要な説明義務の範囲を裁判所の見解として丁寧に検討し、説明義務違反を認定すべきだったと考えます。
被告歯科医師が説明をしなかった点について争いが無いため、上記のような認定になったと思われますが、やや手荒で、説得力を欠くように思います。
なぜ歯科医師の説明義務が否定されないのか説明をしていない
次に判旨は、「原告がB医師からホワイトニングに関する適切な説明を受けていれば、ホワイトニングの施術を受けなかったであろうという高度の蓋然性があると認めることはできない。」とし、説明義務違反と傷害結果の因果関係を否定しました(7争点6)。
患者において当該療法の実施を不同意とする余地がなかったという場合、説明義務違反と損害の間の因果関係は否定されます。
ここで留意すべきなのは、説明義務の根拠が自己決定権に求められるという点です。
すなわち、医師の説明の有無に関わらず、いずれにせよ患者が施術を受けていたと言えるのであれば、自己決定権の侵害も否定され、医師が説明義務を負うこと自体が否定されることが多いといえます。
しかし、判旨はこの点について言及していません。
すなわち判旨は、やや手荒に説明義務違反を認めておきながら、その後に因果関係を否定し、なぜ本件で歯科医師の説明義務が否定されないのか説明をしていません。
これに、本件の認容額のほとんどが説明義務違反に対する慰謝料であり、相当程度高額であることも考えると、判旨の結論はなんとなく妥当に見えていますが、根拠は不十分と言わざるをえません。
これでは残念ながら、判旨からは歯科医院の患者への説明の要否・範囲は判然とせず、歯科医院は委縮せざるを得ないといえます。
もっとも私見において、判旨の結論に異論を挟むものではありません。
歯科医院の負う説明義務は判然としない
本件では、歯科医院がホワイトニングの施術にあたり、いかなる説明義務があるかは、判旨は術式に倣えと言うのみで、判然としません。
また、損害との因果関係が否定されても医師に説明義務があるとされました。
したがって歯科医院は施術にあたり、より形式的な説明を幅広くせざるをえないでしょう。
すなわち今のところ、今後の判例の積み重ねを期待しつつ、学会の指針等や使用するホワイトニングシステムの術式を参考に、各歯科医院が個別に判断せざるをえません。
一方で、結果との因果関係の無い説明義務違反であっても、相当程度高額な損害賠償が認められる可能性があることは、判旨からおわかりいただけたと思います。
患者との信頼関係に頼らず、常にリスクや説明義務について検討しましょう
本件は、20年来通ってきている信頼関係のある患者に対し、歯科医師が、導入したばかりのホワイトニング機器を、歯面清掃の一環として無料で施術しようとしたものと考えられます。
歯科医師としては、喜ばれると思って施術したのでしょうし、一方で早く機器になれて症例を積み上げたいと考えたかもしれません。
私も歯科医師として、長いお付き合いの患者に、保険請求できる以上のサービスをすることがあります。
例えば、保険の歯面清掃にあたって、着色の除去のために、本来保険適用されないエアフロ―を使用することがあります。
陥凹部や隣接面の着色まできれいに迅速に落とせるので患者さんには喜ばれますが、一方で圧力により、歯肉の受傷や、咽喉への粉液の迷入の虞があります。
もしそのようなことがあれば、サービスで行ったので説明していませんでした、では済まされません。
少なくとも、たとえ善意で無料であっても、そのような施術を始めて受ける患者に対しては、リスクやメリット・デメリットといった「患者の有効な同意を得るための説明」をする必要があると言うべきでしょう。
医療行為はメリットが大きく上回るものの、デメリットが一定程度認められるものがほとんどと言えます。
したがって歯科医院においては、どこにどういったリスクがあり、どの範囲で患者に説明すべきか、常に検討すべきです。
本件はそういった検討を怠り、信頼関係だけに頼る歯科医院と患者との関係への、警鐘を鳴らすものとしても参考になるでしょう。