先日、歯科医師と歯科助手が2度にわたり逮捕される事件が報道されました。
逮捕されたのは、歯科医院を経営する歯科医師と歯科助手の女性です。
ではどのような事件が発生し、法律上どのような問題があるのでしょうか。
若井綜合法律事務所の弁護士であり、現役歯科医師である近藤 健介弁護士に、初回の事件と2度目の事件に分けて、解説していただきました。
▼この記事でわかること
- 報道された歯科医師と歯科助手による刑事事件について解説します
- 報道された事件概要をもとに歯科医院の実態について解説します
- 今回の事件により想定できる刑罰について解説します
▼こんな方におすすめ
- 歯科治療を担当する歯科医師の方
- 実際にあった歯科医師による事件について知りたい方
- さまざまな歯科トラブルの予防・対策をしたい歯科医院の経営者の方
初回逮捕:歯科医師法違反の疑い
報道によれば、初回の事件の逮捕容疑(被疑事実)は、歯科医師法違反です。
歯科医師ら2人が患者に対し、歯科医師免許を持たない歯科助手に医療行為をさせていたとして逮捕されました。
県警などによると歯科医師の指示で歯科助手が、かぶせ物を作るための歯型取りや仮の詰め物除去などの医療行為を行っていた疑いをかけられているようです。
歯科医師ら2人の違法行為は暴力団が関わる別の事件の捜査で浮上し、県警は家宅捜索(捜索差押)に入り、慎重に調べを進めていました。
参考:「富士市の歯科医院 院長ら逮捕 助手に医療行為させる」あなたの静岡新聞
歯科助手に医療行為をさせた行為について
歯科医院では、歯科医師の他に歯科衛生士、歯科技工士、歯科助手、受付等の従業員が働いています。
しかし、医業を行えるのは原則として歯科医師のみです。
歯科医師法17条は「歯科医師でなければ、歯科医業をなしてはならない。」とし、歯科医師以外の「歯科医業」を禁止しています。
医業(いぎょう)とは、業として、医行為(医療行為)を行うことをいいます。
そして、医行為とは、「医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為」とされています。
したがって、「歯科医業」とは「歯科医師が行うのでなければ国民の保健衛生上危害を生ずるおそれがある行為」を指すものとなります。
具体的には、顎口腔領域に発生する疾患の治療、及び、全身疾患のうち顎口腔領域に症状を現す疾患の治療および機能回復訓練などの行為をさすと解されます。
これには、口腔内で切削器具を使用する行為はもちろん、スケーリング、麻酔、補綴物や修復物のセット、印象・咬合採得、フッ素塗布、歯ブラシ指導なども含まれます。
何ら資格を必要としない歯科助手、受付はもちろんのこと、国家資格である歯科技工士も「歯科医療の用に供する補てつ物、充てん物又は矯正装置を作成し、修理し、又は加工すること」(歯科技工士法2条1項)をできるのみで、歯科医業は行えません。
例外的に、歯科衛生士にのみ、歯科医師の指導の下での歯科予防処置業務が認められているのみです(歯科衛生士法第2条1項)。
本件では、歯科助手が「かぶせ物を作るための歯型取りや仮の詰め物除去」をしたとされていますので、歯科医業を行ったと言えるでしょう。
したがって、報道が事実であれば、歯科助手の行為は、歯科医師法17条に違反するといえます。
また、このような行為をさせた歯科医師もまた、同条違反の共同正犯となります。
2度目の逮捕:詐欺の疑い
報道によれば、2度目の逮捕容疑は、詐欺です。
歯科医師ら2人は患者5人に対して治療費を水増しして請求し、20万円余りをだまし取った疑いが持たれています。
県警などによると、他にも数十人程度の被害者がいるとみられており、歯科医師ら2人は借金返済のために水増し請求を繰り返していたとみて追及する方針です。
参考:「暴力団からの借金返済のための犯行か 患者に水増し請求したとして歯科医師ら2人再逮捕 静岡・富士市」yahoo!ニュース
「歯科医ら診療費水増しか 無免許行為2容疑者 詐欺容疑再逮捕へ」あなたの静岡新聞
治療費の水増し請求について
本件は「患者5人に対し、およそ100回にわたって治療費を水増しして請求」したとのことですので、いわゆる、診療報酬の不正請求の一例と考えられます。
これが事実であれば、詐欺罪(刑法246条)に該当する行為といえます。
不正請求には、架空請求、水増し請求、付増請求、振替請求、二重請求等があります。
この中で、患者が気づきにくい水増し請求は、比較的行われやすい不正といえます。
こういった不正請求は、歯科医師はもちろん、医師や薬剤師、接骨院など、保険医療機関において頻繁に発生しています。
例えば、2010年11月、板橋区の医療法人が、抜歯や入れ歯などの歯科治療行為を行ったかのように見せかけ理事長及び元院長が逮捕されました。
両名は、親族や知人から保険証の番号を聞いてレセプトの架空請求をしたり、患者の診療報酬を水増し請求する行為を続けていたとされています。
2009年7月、茨城県の総合病院において、不適切な加算項目の算定により、1億円を上回る診療報酬を不正に受給していたことが発覚し、同病院は一部負担金を含め、不正に受給した金額を返還すると表明しました。
また、2021年10月、京都市にあった接骨院の開設者と院長が、施術を行っていないのに患者2人の療養費32万3938円を不正に請求していたとし、療養費の受領委任の取り扱いを中止相当とされています。
近年は、患者に対し保険者から医療費通知がされるため、ある程度不正請求が発覚しやすくなっています。
しかし、患者が受診していないことを通報しない場合、すなわち、医師と患者が通謀しているような場合には発覚が困難なうえ、いかようにも診療報酬を請求できるため、犯行は大規模になり、その損害額は大きくなる傾向があります。
この点を利用し、反社会的勢力が医療機関に犯罪を持ちかける事例が後を絶ちません。
弱みのある医療機関に対して、構成員や債務者、生活保護者等、自らの勢力下にある人物の保険情報を利用して不正請求させ、得られた診療報酬を反社会的勢力が受け取るものです。
事件が発覚するのは、主に反社会的勢力側が検挙された場合に限られます。
本件も、歯科医師は暴力団に借金をしており経営難だったとされていますから、この点を付け込まれたものと考えられます。
一度不正受給に手を染めてしまえば、今度はその点を元に強請られることになり、もはや逃れることが出来なくなってしまいます。
本件と同様の事案で、2015年11月、接骨院で患者に施術したように装い療養費を不正受給したとして、詐欺の疑いで、暴力団組長や柔道整復師ら十数人が逮捕されました。
その被害額は1億円をこえるとされました。
これら事件により想定される刑罰とは
歯科医師でない者が歯科医業をした場合、3年以下の懲役若しくは100万円以下の罰刑が科され又は併科されます(歯科医師法29条1項)。
また、まったく診療を行わないまま不正請求をすれば、無診察治療(20条)にあたり、50万円以下の罰金刑に科されます(歯科医師法31条の2第1項)。
さらに、診療報酬の不正請求をした場合には、詐欺罪で10年以下の懲役刑が科されます(刑法246条1項)。
歯科医師法違反は上記のように、それのみではさほど重罰は科されません。
しかし、歯科医師法違反行為と共に不正請求を行った場合には詐欺罪が加わり、併合罪(刑法45条)となるため、最高で懲役10年を超える重罪となります。
今回の事件では、報道によれば、歯科医師及び助手は、それぞれ歯科医師法違反行為をしたうえ、共謀して詐欺により利益を得ていますので、両者とも、歯科医師法違反と詐欺罪の併合罪となる可能性があります。
このほか、歯科医師が歯科医師法に違反し刑事罰が科された場合、医道審議会による手続きを通じて、違法行為の内容に応じて行政処分がされるのが通常です。
歯科医師の資格に対する行政処分については、①戒告、②歯科医業停止、③免許取消の3種類の処分があります(歯科医師法7条)。
なお、②歯科医業停止は最長3年であり、③免許取消は、一定の場合に「再免許を与えることができる。」とされています(同条2項)。
以上の刑罰や行政処分により、歯科医師は医療行為に携わることができなくなります。
まとめ
歯科医院において、歯科助手らに医療行為を行わせることは、多忙などを理由についつい行ってしまいがちです。
しかし、こういった行為は繰り返しされることで罪悪感が薄れて常態化しやすく、医療の質を下げることはもちろん、医療事故の原因ともなります。
なにより、歯科医師は、医院のために一生懸命働いているスタッフに刑事罰を与える結果になりかねないことを肝に銘じる必要があります。
以前は、歯科医師法違反だけで立件されることは稀でしたが、近年は立件されるケースが大幅に増加しており、この点からも意識を変える必要があるでしょう。
また、不正請求については、診療報酬請求制度が医師の性善説にたって設計されているため、監視するシステムが不十分ですし、実行的なシステム作りも困難です。
そのため、不正請求を行うこと自体は容易で、患者が協力した場合にはさらに露見しにくい上、損害も大きくなります。
しかし、上述の通り、不正請求はれっきとした詐欺罪該当行為であり、刑法上罰金刑の無い重罪です。
立件されれば間違いなく歯科医師としてのキャリアを失います。
歯科医業が歯科医師にのみ認められているのは、歯科医師が「歯科医療及び保健指導を掌ることによって、公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もつて国民の健康な生活を確保する」(歯科医師法1条)ために必要だからです。
また、診療報酬請求制度が性善説にたっているのは歯科医師に対する高度な信用があるためです。
歯科医師は、今一度これらの点に思いを巡らし、法及び道徳に準じた行動をすべく、身を律する必要があると言えるでしょう。