修復・補綴材料はもちろん、歯列矯正のブラケットやワイヤー、インプラント体やアバットメントなど、歯科治療には、様々な金属が使用されます。
しかし、歯科医師は治療にあたり、患者に対して金属材料について具体的に説明することはありません。
たとえ説明するとしても、せいぜい使用される材料名までです。
ではもし金属アレルギーの患者が歯科用金属を使用する治療を希望した場合、歯科医師にはどのような説明義務、確認義務が必要なのでしょうか。
若井綜合法律事務所の弁護士であり、現役歯科医師である近藤 健介弁護士に解説していただきました。
▼この記事でわかること
- 歯科治療における歯科用金属の使われ方について解説します
- 判例をもとに金属アレルギーを有する患者への適切な歯科インプラント治療ついて解説します
- 金属アレルギーを有する患者への歯科治療の注意点ついて、私見を述べます
▼こんな方におすすめ
- 歯科治療を担当する歯科医師の方
- 金属アレルギーの患者に関する治療トラブルの判例について知りたい方
- さまざまな歯科トラブルの予防・対策をしたい歯科医院の経営者の方
金属アレルギーとは
金属アレルギーは、Ⅳ型アレルギーと呼ばれる遅延型のアレルギーを原因として発症します。花粉症や食物のアレルギーなどの即時型アレルギーとは異なり、すぐに症状がでません。
歯科用金属には、主にイオン化傾向の低い貴金属が使用されていますが、常に唾液で湿潤している口腔内に曝露され続けるため、イオン化して体に取り込まれてしまいます。
そのため、歯科治療により金属アレルギーを発症する患者が一定数認められます。
すなわち、歯科治療が金属アレルギーの患者を増やしてきた側面があります。
例えば、代表的な歯科用金属である金銀パラジウム合金についてみると、パラジウムなどは本来イオン化傾向の低い金属で、日常生活で触れる機会の多い金属ともいえませんが、日本人がアレルギーを有する金属の第4位となっています。
歯科治療の補綴・修復は、金属から非金属へ
歯科で補綴や修復に使用される金銀パラジウム合金は、長年保険治療で使用されてきました。
元々は、金や金合金が高価で保険診療に適さないことから、安価で鋳造性・耐食性等を兼ね備えた代替材料として金銀パラジウム合金が生まれました。
しかし、現在ではパラジウムの価格がレアメタルとして高騰し、金より高くなるなど、当初の目的を達することができなくなっています。
一方最近では、セラミクスやレジン、ジルコニアといった非金属材料の物性が向上したこともあり、金属を使用しないで歯科治療が可能な範囲が拡大しています。
これらの点から、保険治療においても金銀パラジウム合金を使用する場面は縮小傾向にあります。
インプラントや矯正治療など、金属を使用せざるを得ない場合もある
一方、歯科医療において、依然として金属を使用せざるを得ない場合もあります。
たとえば、インプラントや矯正治療でチタンやその合金材料を使用する場面です。
チタンは生体に親和性を持ち、その合金は超塑性や超弾性を持つなど、様々な性質に応用できます。
また、技工技術の向上により、精密な鋳造も可能です。
【判例検討】金属アレルギーを有する患者へのインプラント治療における適切な対応とは?
では、チタン合金等に対して金属アレルギーを有する患者が来院してインプラント治療を希望した場合、歯科医師は何をすべきでしょうか。
また、説明等が不足していた場合にどこまで責任を問われるのでしょうか。
以下、判例(東京地方裁判所 平成27年(ワ)第16616号 損害賠償請求(医療)事件 平成29年2月16日)を見ながら検討します。
本件は、患者が、歯科医師である被告の過失を様々主張する中で、被告のインプラント部材の金属組成の説明及び金属アレルギーの有無の確認義務の懈怠を主張し、慰謝料を請求した事案です。
3 過失5(インプラント使用金属に関する説明・確認義務違反)について |
判旨は、金属アレルギーについて被告歯科医師の説明義務違反・確認義務違反を認め、原告患者は適切な説明を受けていれば本件手術を受けていなかったとして、説明義務違反による慰謝料請求を認めました。
もっとも、損害としては、金属アレルギーによる接触性皮膚炎の発生を否定したにもかかわらず、麻酔針の刺激によると考えられる左下第一大臼歯相当部付近の口角部の痺れを認定し、義務違反と因果関係のある損害としました。
本件で選択可能なアバットメントの材質は不明
インプラント体は骨と融合させるため、純チタンが使用されますが、アバットメントには様々な素材が使用されます。
具体的には、生体親和性、審美性、適合性等から、純チタン、チタン合金、ジルコニア、金合金などが選択可能です。
判旨には記載が無く、被告が採用していたインプラントシステムでどのような材質のアバットメントが選択可能かは不明ですが、チタン合金しか選択できないとは考えにくいでしょう。
判例検討
本件では、金属アレルギーに強い関心を持つ患者に対し、歯科医師はアバットメント等にチタン合金を使用するとしながら、含まれるアレルゲンについて説明していません。
またバナジウムについてパッチテストも受けさせていなかったので、説明義務違反、確認義務違反を認めた判旨は妥当といえます。
私見では因果関係は認められない
しかし、上記違反から左下第一大臼歯相当部付近の口角部の痺れに因果関係を認めた点については疑問が残ります。
不法行為や債務不履行の責任成立要件としての因果関係とは、「事実的因果関係」をいい、「行為と結果との間に一般的な意味での原因結果が認められるか」が問題となります。
本件についてみると、判旨は「左下第一大臼歯相当部付近の口角部の痺れ」を結果としています。
そうであれば、一般的な意味での原因といえるのは「麻酔針の刺激」というべきであり、上記説明義務違反を原因とするのはいささか遠すぎ、「一般的」とはいえないでしょう。
また、因果関係を認めた理由を、「説明を受けていれば手術を受けなかったはず」とした点も疑問です。
確かに、アバットメントにアレルゲンがある旨説明を受けていたら、患者はチタン合金のアバットメント等を選択していなかったでしょう。
しかし、純チタンやジルコニア製のアバットメントを選択していた可能性は十分にあります。
すなわち、患者がインプラント治療を希望して来院した、本件において説明義務違反があるとすれば、歯科医師が金属アレルギーを起こさないアバットメント等の選択肢を説明しなかった点に認めるのが合理的です。
そして、その場合には「他の材質を選択していたはずができなかった」ことが結果になるため、患者がインプラント手術を受けることは否定されません。
その点で、「左下第一大臼歯相当部付近の口角部の痺れ」を結果とし、因果関係を認めた理由を「手術を受けなかったはず」とした判旨の筋道は、「一般的な意味での原因結果」関係とは言いがたいのではないでしょうか。
以上のような理由から、私見では、判旨のいう説明義務違反と左下第一大臼歯相当部付近の口角部の痺れには因果関係は認められません。
せめて「相当程度の可能性」の範囲で慰謝料を認めるべきだった事案と考えます。
まとめ
金属アレルギーを不安視する患者が来院した場合、治療に金属を使用する必要があるのであれば、歯科医師は、皮膚科等を紹介してアレルギーの有無を確認する必要があります。
また、歯科医師は、使用する材料にいかなる金属が含まれているかを十分理解し、患者に治療方法や材質等について選択肢を提示し、説明できなければなりません。
そして、説明や確認を怠った場合は、怠ったこと自体だけでなく、怠ったことと相当因果関係を有する範囲で責任を問われることになります。
本件では、歯科医師は患者から金属アレルギーについて相談されているにもかかわらず、チタン合金に含まれる金属について説明していないことから、使用する材質の知識不足と、金属アレルギーを軽視する姿勢が垣間見えます。
歯科医療の発展は、他の医療分野に比べて、材料の進歩の占める部分が大きいといえます。
歯科医師は、使用するか否かに関わらず、常に新たな材料について学ぶ姿勢が必要と言えるでしょう。