患者からカルテの開示を求められた!医師に開示義務はある?

医療・介護問題

この記事の監修

東京都 / 豊島区
弁護士法人若井綜合法律事務所
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「治療費に納得がいかない」「行われた治療の内容を知りたい」などの理由で患者さんから本人のカルテの開示を要求された経験のある先生方も少なくないのではないしょうか。
とくに見られて困る記載がなかったとしても、すぐに開示するのは抵抗があるものです。

では実際に患者さんからカルテの開示を求められた場合、医師には開示義務があるのでしょうか。
若井綜合法律事務所の弁護士であり、現役歯科医師である近藤 健介弁護士に解説していただきました。

▼この記事でわかること

  • カルテの開示義務に関連する法律、指針について解説します
  • 判例をもとにカルテの開示義務がどのように判断されるのか解説します
  • カルテ開示に対する考え方ついて、私見を述べます

▼こんな方におすすめ

  • 患者からカルテの開示を求められることがある歯科医師の方
  • 医療事故発生時に、カルテ開示が不適当とする相当な事由について知りたい方
  • 様々な歯科トラブルの予防・対策をしたい歯科医院の経営者の方

個人情報保護法・指針からみるカルテ開示義務

そもそもカルテは患者に開示することを目的として作成される書面ではありませんから、医師は率直にその時の印象や意見、医学的知見を記載できます。
カルテの開示を原則とするのであれば、医師は委縮し、率直な記載を省略することになりかねません。
また、病状の悪い患者がカルテの記載を見ることで、治癒に悪影響がある可能性もあります。
そのような考え方から、カルテの開示には医師や医療機関側の根強い抵抗がありました。

カルテ開示に大きな影響を与えたのは、2003年5月の個人情報保護法の施行と、厚生労働省による「診療情報の提供等に関する指針」の制定です。

個人情報保護法

個人情報保護法28条1項は、「本人は、個人情報取扱事業者に対し、当該本人が識別される保有個人データの開示を請求することができる。」と定め、原則として個人情報取扱事業者にカルテの開示義務を認めました。
また、2017年5月30日から、小規模事業者の除外規定も撤廃されました。
これにより民間の医療機関は、原則としてカルテの開示義務を負うこととされました。

診療情報の提供等に関する指針

また厚生労働省は「診療情報の提供等に関する指針」を制定し、7(1)「診療記録の開示に関する原則」として、「医療従事者等は、患者等が患者の診療記録の開示を求めた場合には、原則としてこれに応じなければならない。」と定めています。
あくまでガイドラインですが、医療従事者がカルテを開示することを原則とすべきとするもので、医師のカルテ開示の姿勢に大きな影響を与えました。

もっとも、個人情報保護法や指針は、医師にカルテの開示義務を負わせるものではありません。
そこで、医師が患者に対してカルテの開示義務を負うか否か、判例を見ながら検討してみたいと思います。

【判例検討】医師にカルテの表示義務はある?


過去の判例では、カルテの表示義務に対しどのような判断が下されているのでしょうか。
カルテの開示義務についての一般的な判断と、医療事故における判断のそれぞれをご紹介します。

一般的な事例の場合

まず、リーディングケースとして、一般的なカルテの開示義務について判断した高裁判例を検討します。(東京高裁判決昭和61年8月28日 昭和61年(ネ)第656号)

判旨

医療契約は、・・・一種の準委任契約であると解せられる。したがって、基本的には民法六四五条の法意により、医師は、少なくとも本人の請求があるときは、その時期に説明・報告をすることが相当でない特段の事情のない限り、本人に対し、診断の結果、治療の方法、その結果等について説明・報告をしなければならないと解すべきである。
しかしこのように義務と解される説明・報告の内容・方法等については、患者の生命・身体に重大な影響を及ぼす可能性があり、かつ、専門的判断を要する医療契約の特質に応じた検討が加えられなければならない。
このような観点からすれば、この場合の右説明・報告に当たっては、診療録の記載内容のすべてを告知する義務があるとまでは解し難く、その方法も、当然に、診療録を示して行わなければならないものではない。
それぞれの事案に応じて適切と思料される方法で説明・報告をすればよいと考えられる(口頭による説明・報告で足りることも多いであろう。)。
また、医師法が医師に診療録の作成を義務付けているのは、本人に対し医師が正確な説明ができるようにとの趣旨をも含み、結局患者ができ得る限り適切な診断・治療を受けられるよう配慮しているためであると解するとしても、そのことから直ちに本人がこれを閲覧することをも権利として保証していると解することは困難である。
仮に、医療事故等の発生が前提とされたり、診療録の記載そのものが問題とされたりするなど、診療録閲覧の具体的必要性があると考えられるような事情の存する場合において、医療契約に基づく診療録閲覧請求権について、何らかの異なる立論をする可能性があるとしても、本件において、そのような事情の存在についての主張立証はない。

判旨は、準委任契約という医療契約の法的性質から、説明・報告義務を認めたうえで、「その方法が必ずしもカルテの開示である必要はない」と判断し、医師のカルテ開示義務を原則として否定しました。
そのうえで、医療事故等の発生の場合には「何らかの異なる立論をする可能性がある」として、例外にあたる可能性を示唆しました。

医療事故の場合

では歯科医療において、医療事故事案で患者からカルテの開示を求められた場合に、歯科医師は開示義務を負うでしょうか。
以下の裁判例を検討します。(東京地裁判決平成23年1月27日 平成21(ワ)第44833号)

本件は、インプラント治療の後出血によって信頼関係が失われた原告患者から、カルテの開示を要求された被告歯科医師が、患者に歯科医師会作成の個人情報開示請求書での申し出を求めた上、その記載漏れや提出態様の悪さを理由に開示を断った事案です。

判旨

(2) 上記認定事実及び前記前提事実によれば、原告は、乙山歯科において、インプラント体の埋入及びインプラント二次手術を受けた後、手術部位から出血し、縫合処置を受けることを余儀なくされるなどしたため、被告に対する信頼を失い、平成21年2月9日以降、乙山歯科への通院を中止し、同年4月6日には、被告に対し、口頭で、診療経過の説明及びカルテの開示を請求するに至ったものと認められる。
以上のような経緯に照らせば、原告には、被告の診療行為の適否や、他の歯科医院に転院することの要否について検討するため、被告から診療経過の説明及びカルテの開示を受けることを必要とする相当な理由があったものと認められる。
したがって、被告は、上記のような状況の下では、診療契約に伴う付随義務あるいは診療を実施する医師として負担する信義則上の義務として、特段の支障がない限り、診療経過の説明及びカルテの開示をすべき義務を負っていたというべきである。
しかるに、被告は、本件訴訟が提起されるまで、このような義務を何ら果たさなかったのであるから、このような義務違反について債務不履行責任ないし不法行為責任を負うものと解するのが相当である。

(中略)

その他本件の事実経過を精査しても、被告が原告からのカルテ開示請求を拒否したことに、「診療情報の提供、診療記録等の開示を不適当とする相当な事由」は見当たらない。
(中略)

その他本件訴訟に現れた一切の事情を考慮すると,被告の不法行為により原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料としては,20万円が相当である。

判旨は、原告がカルテの開示を求める目的を「診療行為の適否や、他の歯科医院に転院することの要否について検討する」こととし、医師との信頼関係が破壊され紛争に発展しているという経緯から、「カルテの開示を必要とする相当な理由があった」と認定しました。
これは前記高裁判例の示唆していた、カルテの開示義務がある場合にあたると認定したものといえるでしょう。

そのうえで、被告歯科医師側の「開示を不適当とする相当な事由」の有無を判断し、被告の主張を退けました。
つまり本判例は、前記高裁判例を前提としつつ、医療事故事案においては開示を原則とし、不相当な事由がある場合に限り、例外的に不開示が許されるとしたものと解されます。

「開示を不適当とする相当な事由」とは?

では、どういう場合に「開示を不適当とする相当な事由」があるといえるでしょうか。
判旨は以下のことについて検討のうえ、「開示を不適当とする相当な事由」にあたらないとしました。

  • 患者の威圧的態度
  • 患者の批判の真意を確かめる目的
  • 個人情報開示請求書の記載内容の不備

とすれば、医療事故事案において歯科医師が開示を断ろうとするには、これらを超える理由が必要といえます。
この点について私は、個人情報保護法28条2項2号の定める、「当該個人情報取扱事業者の業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれがある場合」などの理由が必要と考えます。
具体的には、同一人から頻繁に開示請求があり、事実上窓口が占有されるといった、例外的場合に限られるのではないでしょうか。

まとめ


検討したように、医療事故案件では、原則として医師のカルテ開示義務が認められると言わざるをえません。
この結論は今後変化することはないでしょう。
そして例外にあたる場合も、かなり限定されると解するべきです。
したがって歯科医師は、カルテを記載するにあたっては、開示される可能性を考慮すべきだといえます。

私が医療集中部で司法修習をしていたとき、裁判官から「歯科医師のカルテは一般的に記載が不十分だ」と言われたことがあります。
とくに歯科医師の保険診療のカルテは、処置名と点数を記載するだけで多くの紙面を割くことになりがちです。
この傾向は、電子カルテになってますます顕著になったと感じています。

しかし事実として、医療訴訟のほとんどの事案で、カルテ開示が求められています。
また既述のようにトラブルが生じた場合、カルテの開示は義務であり、例外が認められる可能性はほぼありません。
とすれば歯科医師は、外部の目を意識した上で、いかに自らが行った処置が医学的に正当性のあるものか説得力をもたせる記載をカルテに残すよう、日頃から留意すべきです。
そして、それが歯科医師が自らを守る大きな手段であると、認識を変えていく必要があるといえます。
このような正当性を立証するためのカルテの書き方については、歯科治療を熟知した弁護士と顧問契約することによって、医学的・法的観点の双方からアドバイスを受けることが可能です。
医療トラブルの予防法務として、歯科医院の経営者さまは弁護士へのご依頼をご検討ください。

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