事業承継とは、経営者が自身の会社や事業を後継者に引き継ぐことをいいます。
会社の事情や後継者の有無によって、企業が選択するべき事業承継のスタイルは異なります。
スムーズに事業承継を終えることで、トラブルなく後継者へ事業を引き継ぐことができます。
将来的な経営交代に備えて、事業承継の進め方を把握しておきましょう。
▼この記事でわかること
- 事業承継の内容や種類がわかります
- 事業承継の進め方を解説します
- 事業承継の成功に必要なポイントを紹介します
▼こんな方におすすめ
- 経営交代が近づいている方
- 後継者がいない場合の解決策が知りたい方
- 事業承継を成功させたい方
事業承継とは
事業承継とは、引退する経営者から後継者へ会社・事業の経営資源を引き継ぐ作業です。
事業承継における経営資源とは、経営権や株式、技術、人脈、経営理念といった事業継続に必要なあらゆる要素を指します。
後継者の就任後も事業を安定して成長させるために行われます。
経営者の交代によって、事業が低迷してしまう会社はめずらしくありません。
とりわけ中小企業は経営者の資質が会社の強みに直結しているケースが多く、後継者の選定や引き継ぎは重要です。
慎重に事業承継を進めることで、経営交代を理由とした業績悪化を防ぎやすくなります。
事業承継と事業継承の違い
事業承継と同じ意味合いで用いられる言葉として、「事業継承」があります。
しかし、事業承継と事業継承はまったく同じわけではなく、以下のようにこまかな違いがあります。
- 事業承継:先代の考え方、理念、地位、事業などの抽象的なものを引き継ぐ
- 事業継承:先代の財産、権利、義務、身分といった具体的なものを引き継ぐ
中小企業庁などの官公庁は、事業承継と表記しています。
そのため、民間でも事業承継の表記が一般的です。
事業承継の対象となる経営資源
事業承継によって引き継ぐ経営資源は、「人(経営権)」「有形資産」「知的資産(無形資産)」の3種類です。
それぞれ具体的な内容を見ていきましょう。
人(経営権)
人(経営権)の承継では、後継者の選任や育成を行います。
現在の経営者が多くの業務を担当しているほど、時間をかけて後継者を育成する必要があります。
また、業務内容だけでなく、経営理念についても伝えていきましょう。
経営理念を上手く承継できないと、後継者の代になってから事業の方向性がぶれたり、企業文化が悪い方向へ変わったりするリスクがあります。
そのため、経営理念を引き継ぐ資質がある後継者の選定も重要になります。
後継者を育成する方法として、自社内で経験を積ませる方法が多いですが、他社に勤務させた後に直接会社代表者に就任させる場合もあります。
事業の種類に応じて、適切に育成していきましょう。
有形資産
有形資産の承継では、土地・建物・設備などの固定資産、株式(議決権)、運転資金、借入金といった形のある資産を後継者へ引き渡します。
借入金などのマイナスの資産も承継する上に、相続・贈与・譲渡といった株式を譲渡する方法の違いにより税金の種類や金額が変動します。
事業を円滑に継続するためには節税対策が不可欠なため、税理士などの専門家への相談を検討してみてください。
また、万が一、事業用資産が分散してしまうと(例として、先代経営者の死亡により有形資産が相続人間で共有状態となってしまった場合)、後継者は、これらの有形資産を自由に活用することが困難となってしまいかねません。
このような事態に適切に対処するため、早期の承継を計画するなど、適切に対応しておく必要があります。
知的資産(無形資産)
知的資産(無形資産)の承継では、以下のような形のない資産を扱います。
- 知的財産権(特許・商標など)
- 従業員の技術やスキル
- 人脈
- ノウハウ
- 顧客や取引先
- 事業の許認可
- 経営者が培った信用
こうした知的資産は目に見えないものの、会社の強みの基礎となる重要な要素です。
知的資産を取りこぼしなく承継することで、経営交代後も円滑な事業成長が見込めます。
事業承継の種類
事業承継の種類は、「親族内承継」「企業内承継」「第三者承継(M&A)」の3つです。
種類ごとの特徴やメリット・デメリットについて解説します。
親族内承継
親族内承継とは、経営者の子どもや孫などの親族へ会社の経営を託す方法です。
中小企業でよく採用されている方法であり、後継者に株式を譲渡して承継します。
親族内承継は比較的早期に後継者が決まるため、充分な育成期間の確保が可能です。
また、関係者に後継者を受け入れてもらいやすく、先代経営者の人脈や信用をそのまま活用できます。
一方で、後継者の資質が低ければ従業員の反発を招くおそれがあり、また、時には親族間の争いが起こる可能性もあります。
この意味で、たとえ親族に承継させる場合であっても、後継者候補が本当に後継者足りうるのか、慎重に判断する必要はあります。
企業内承継
企業内承継とは、自社の役員や共同創業者、従業員といった親族以外の社員が後継者になる方法です。
「社内承継」や「従業員承継」ともいいます。
事業に長年携わってきた人物を選べるため、経営理念や事業内容を理解している人物に会社を任せられます。
実際の業務を通して、経営の資質がある優秀な人物を見極められる点もメリットです。
対するデメリットとして、役員同士の争いが生まれて組織内で派閥ごとの対立が起きるリスクが挙げられます。
さらに、企業内承継による株式の譲渡方法は、一般的に売買で行われます。
そのため、後継者に株式取得のための資金力がない可能性も考慮しなくてはいけません。
第三者承継(M&A)
第三者承継とは、親族や社内関係者ではなく第三者である企業に事業を売却して譲渡する方法です。
多くの場合、第三者承継は「M&A(Mergers and Acquisitions)」により実行されます。
M&Aとは、企業の買収や合併を行うビジネス手法です。
M&Aによる第三者承継を行うと、後継者にふさわしい人物を外部から探し出せます。
さらに、売却価格によるものの、経営者は株式譲渡による売却益を得られます。
ただし、承継後の経営に先代経営者は関与できないため、現在の経営方針から大きく変わる可能性がゼロではありません。
従業員の雇用や働き方を守るためにも、買い手の選定や話し合いは充分に行う必要があります。
高齢化により休廃業企業が増えている
事業承継に成功する企業がある一方で、そもそも後継者を見つけられずに休業や廃業、解散を選ぶ企業が増えつつあります。
帝国データバンクの調査(※1)によると、2023年に休廃業・解散した企業は59,105件で前年比10%増加しています。
さらに、休廃業企業の経営者の平均年齢は、70.9歳でした。
こうしたデータから、「事業承継が進まない中で代表者の高齢化が進んだ結果、休廃業・解散をせざるを得ない企業が存在した」といった見解を同調査は示しています。
※1 参照:帝国データバンク「全国企業「休廃業・解散」動向調査(2023)
」2024年1月12日
M&Aによる事業承継も増加傾向あり
高齢化にともなう後継者不足の影響を受けて、M&Aを活用して事業を承継する企業が増えています。
2024年版「中小企業白書(※2)」によると、2022年には過去最多の4,304件ものM&Aが成立しました。
2023年には4,015件とやや減少しましたが、高水準を維持しています。
加えて、同調査によれば、M&Aを仲介する「事業承継・引継ぎ支援センター」の相談・成約件数も増加傾向にあります。
具体的には、2012年は相談994件・成約17件に対し、2022年は相談14,414件・成約1,681件と大幅に増えました。
※2 参照:中小企業庁「2024年版「中小企業白書」全文」
事業承継を支援する制度
事業承継をする際は、株式の取得やM&Aによって多額の経費がかかります。
資金難による事業承継の阻害を防ぐため、さまざまな支援が国によって用意されています。
事業承継の代表的な支援制度は、「事業承継税制」と「事業承継・引継ぎ補助金」の2つです。
事業承継税制
事業承継税制とは、事業を引き継ぐために取得した資産について、贈与税や相続税の納付を猶予する制度です。
取得した資産によって、以下2つのどちらかが適用されます。
- 法人版事業承継税制:会社の株式等を取得する
- 個人版事業承継税制:個人事業者の事業用資産を取得する
なお、一定の要件を満たすと、猶予されていた贈与税または相続税は完全に免除されます。
後継者の税負担を大きく減らせるため、積極的に活用したい制度といえます。
※参考:中小企業庁「事業承継」
事業承継・引継ぎ補助金
事業承継・引継ぎ補助金とは、事業承継やM&Aを実施する企業を援助するシステムです。
承継後の施策にかかる費用に加え、M&Aの仲介手数料や監査費用といった諸経費の一部を補助してもらえます。
注意点として、事業承継・引継ぎ補助金は常に申し込めるわけではありません。
また、給付の対象となった際は、進捗状況を定期的に事務局へ報告する必要があります。
注意点として、事業承継・引継ぎ補助金は常に申し込めるわけではありません。
事業承継の進め方
事業承継に着手する際は、次の6つの手順で進めましょう。
- 経営状況や課題の洗い出し
- 経営改善への着手
- 事業承継の計画決定
- M&Aによる買い手の決定(※第三者承継の場合)
- 関係者への事業承継の周知
- 事業承継・M&Aの実行
順番に解説します。
1.経営状況や課題の洗い出し
はじめに、会社の現状を把握します。
会社の状況を正しく理解していないと、事業承継の計画を立てられません。
経営状況、経営課題、財務状況、商品やサービスの強み、ビジネスモデル、事業の将来性など、会社の現状を細かく整理しましょう。
会社の現状を的確に把握することで、自社に合う承継方法や後継者に必要な資質も明らかになります。
2.経営改善への着手
事業承継を実施するまでに、できる限りの経営改善も欠かせません。
たとえば、キャッシュフローの改善、ガバナンス・コンプライアンスの強化、社内体制の刷新や人材の確保といった施策に取り組みましょう。
経営課題を1つでも多く解消して事業を安定・成長させれば、後継者の不安を減らすことができます。
また、自社の価値を向上させることで、M&Aによる交渉も有利に進めやすくなります。
3.事業承継の計画決定
次に、事業承継の計画を決めます。
事業計画、後継者の育成内容、株式などの資産の扱い、事業承継の実行時期など、「いつ・誰が・何をするか」を計画書に明記します。
親族内承継や企業内承継であれば、後継者とともに詳細な計画を練っていきましょう。
4.M&Aによる買い手の決定(※第三者承継の場合)
第三者継承を選ぶ場合、M&Aのマッチングを行って買い手となる企業を選びましょう。
とはいえ、自社で候補企業を探すことは難しく、少ない選択肢の中から選ばなくてはいけません。
そこで、M&A仲介会社に依頼すれば、自社の条件にマッチする買い手候補を提案してもらえます。
M&A仲介会社と話し合って譲渡の条件を細かくすり合わせておくと、理想の買い手を効率良く見つけられます。
M&Aの流れ
譲渡交渉をしたい買い手とマッチングした後は、以下の流れでM&Aを行います。
- M&Aの交渉を始める
- 基本合意書を作成する
- 買い手がデューデリジェンス(買収監査)を実施する
- 最終条件を交渉し、最終契約を作成・締結する
- クロージング(最終契約書の内容を実行する)
最終契約の締結後は、クロージング後に関係者への周知に取り組みましょう。
事業承継のスケジュールや目的を伝えることで、信頼関係を維持したまま後継者へ事業を引き渡せるでしょう。
5.事業承継・M&Aの実行
事業承継やM&Aのクロージングを実行し、株式などの資産を後継者へ譲渡します。
資産を譲渡する際は、商業登記や不動産登記の手続きが必要です。
さらに、株式の譲渡により贈与税などの税金が生じる場合は、税制上の申告も求められます。
手続きが多いため、弁護士や税理士、中小企業診断士や公認会計士などの専門職に相談しながら進めるといいでしょう。
6.関係者への事業承継の周知
クロージング後、従業員や取引先、株主、金融機関、経営者の親族といった関係者に対して、事業承継に関する情報を周知します。
事業承継のスケジュールや目的を伝えることで、信頼関係を維持したまま後継者へ事業を引き渡せるでしょう。
なお、M&Aを実施している間には、秘密の保持に努めましょう。後継者の選定という、非常に不安となる事情であることは確かではありますが、経営者の不用意な発言でトラブルとなり、M&Aが頓挫してしまうこともあります。
M&Aに関する情報を関係者に知らせる時期は、譲渡側と譲受側の双方で十分に協議したうえで決めましょう。
事業承継の成功に必要なポイント
事業承継は必ず成功するわけではありません。残念ながら失敗してしまい、事業に悪影響を与えるケースもあります。
ここでは、事業承継の成功に必要な5つのポイントを確認しましょう。
早めに準備を始める
できる限り早めに事業承継の準備を始めましょう。
事業承継は短期間で行える作業ではなく、長ければ10年間もかかる場合もあります。
後継者の選定のほか、あらゆる経営資源の承継には長い年月を要します。
早期に取り組むことで、経営者が引退間際になってから、経営者が病気などになってしまってからなどで、慌てて事業承継に着手する事態を避けられるでしょう。
経営理念を受け継ぐ後継者を選ぶ
後継者を選ぶ際は、経営手腕などの資質に加えて「経営理念を受け継げる人物であるか」も考慮しましょう。
経営交代によって経営理念が急変してしまうと、現在の経営理念に共感して働いている従業員の反感を招きます。
従業員との信頼関係が崩れれば、退職が相次いで人材不足に陥るかもしれません。現在の会社技術を後継者に引き継ぐことも難しくなります。
現在の経営理念を理解している候補者を選んだ上で、育成を通して経営に対する具体的な考えを伝えることが大切です。
税制面の負担を把握する
親族内継承のケースでは、税制面の負担を把握する必要があります。
多くの場合、親族内継承では贈与または相続により後継者へ株式を譲渡します。
後継者が贈与税や相続税を納付するため、具体的な負担額をあらかじめ算出しておきましょう。
なお、税負担を軽くするためにも、事業承継税制の活用がおすすめです。
税金負担額の計算や事業承継税制の適用条件は複雑なため、税理士へ相談してください。
遺留分対策で争いを避ける
遺留分とは、兄弟姉妹以外の法定相続人が相続に際して最低限受け取れる遺産の割合を指します。
後継者以外に相続人がいる場合、遺留分を請求されてしまう可能性があります。
安定した経営のためには、後継者への自社株式の集中が必要です。
遺留分による資産の分散や相続争いを回避するため、経営承継円滑化法の「遺留分に関する民法の特例」を活用しましょう。
遺留分に関する民法の特例では、以下2つのルールを適用できます(両方を組み合わせることも可能です。)。
適用するには要件があり、また、経済産業大臣の確認といった手続きを経る必要があります。具体的には、弁護士や税理士に相談しましょう。
ルール名 | 概要 | 効果 |
---|---|---|
除外合意 | 後継者が承継した自社株式や資産を遺留分の対象外とする合意 | 後継者以外の相続人から遺留分を請求されなくなる |
固定合意 | 自社株式の価額について、遺留分算定に合意した時点の評価額に固定する合意 | 合意時点から自社株式の価額が上昇しても、後継者以外の相続人の遺留分が増加しない |
関係者の理解を得る
事業承継の際は、トラブルを避けるために経営者や後継者と関わる人から理解を得ることも大切です。
従業員には、事業承継の必要性や後継者の選出方法を説明し、受け入れてもらえるよう努めましょう。
また、後継者自身からの理解も必要です。
経営者からは、「なぜあなたを後継者に任命したいのか」といった思いに加えて、「株式取得の資金調達方法」や「税制上の対応」などの実務面の説明も欠かせません。
さらに、経営者の親族に対しても、丁寧な説明が求められます。
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事業承継には、法律や税金が大きく関わる事項が多いです。
弁護士などの専門家のサポートにより、事業承継の課題解決を目指すことができます。
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事業承継についてお悩みであれば、まずはお気軽に法律Q&Aで弁護士へ相談してみてください。
まとめ
事業承継とは、現在の経営者から後継者へ「人」「有形資産」「知的資産」を引き継ぐ作業です。
事業を託す相手によって、「親族内承継」「企業内承継」「第三者承継(M&A)」の3種類にわかれます。
事業承継の際は、税金の算出・納付、事業承継税制の申請、デューデリジェンス報告書の作成といった数多くの手続きを経る必要があります。
弁護士や税理士といった専門家に相談することで、円滑に事業承継を進められます。
事業承継が円滑に行われ、皆様の会社のさらなる成長・発展の契機となることを祈念しています。